身辺雑多 その85

入院

2003年8月20日
入院したのは7月30日〜8月13日

 緑内障の手術のため入院した。入院を決めたのは5月のうちで、夏休みに入ってから入院し、更新伝道会大会の前に退院するというスケジュールで、7月20日以後入院8月20日までに退院という予定だった。両目を手術して期間は3週間ということだった。入院期間中の礼拝説教を誰かに依頼する必要があった。20日以後の入院ということで、たぶん1週間以内には入院できるだろうと見て、7月27日から、そして遅くなったケースも考えて8月17日まで4回の礼拝がひっかかる。そこで7月27日は柿沼敬一牧師(名古屋学院長)、8月5日は聖餐式があるので外部の人には頼みにくいから石田ミツエ協力牧師、8月10日は渡部信子牧師(名古屋北教会)、17日は石田ミツエ協力牧師に依頼した。
 ところがベッドが空かず入院が7月30日になってしまったため、21日の教会学校行事にも参加でき、さらに27日の礼拝にも出席することができたのだ。30日(水)に入院すると、木・金とさまざまな検査があったが、土曜・日曜はすることもないし、風呂も使えないから家に帰ったらどうかと看護婦さんから勧められ、月曜朝まで外泊。説教は母に頼んだが聖餐式は私が執行した。この日、礼拝後に「先生のお見舞いに行こう」と思っていた数名の人たちの出鼻をくじいてしまった。
 火曜日に手術。約1時間の手術で右目をいじられているのはわかるのだが、麻酔で痛さは感じないし、全く見えない(目の上に顕微鏡が乗っていたらしい)。左目は布を被されているので布目が見えるばかりだ(その上に台があり、いろいろなものを置いてあったらしい)。
 手術後3〜4時間してJournalを書いていたら看護婦さんににらまれた。最初の日だけ目にガーゼを当てていた。目やにや涙がなかなか止まらなかった。手術直後からパソコンをいじっていたからか?などと思いながらもJournalは書き続けたし、読書も続けた。それでもまあ「経過は良好」ということだった。8月9日(土)午後から10日(日)夜まで外泊。礼拝に出席し、渡部信子先生の説教も聴いた。今日こそお見舞いに行こうと思っていた人たちの気持ちをまたも台無しにしてしまった。
 最初の予定では両目を手術して3週間だったのだが、入院したら眼圧が下がってしまった。野崎先生は「入院すると眼圧の下がる人は時々いるんですよねぇ」といたずらっぽく笑った。それはつまり、家でちゃんと目薬を使っていないということだった。薬をちゃんと使えば左は手術の必要がないということになった。従って12日(火)に予定していた左目の手術はなくなり、13日に退院した。帰ってきてしばらくすると一人の長老がやってきた。「病院に行ったらもう退院されたということで・・・」。ああ、昨日のうちに「明日退院」と連絡しておけば良かった。
 10日の週報には17日の説教者を未定としておいた。退院すれば私が説教する、退院できなければ母にしてもらう。どっちにしても聖書の箇所、説教題は変わらない。聖書日課に基づく場合の利点は説教者が旧に変更になっても対応できることだろう。
 その他詳しいことはJournal を読んでほしいが、入院期間が短かったこと、外泊が多かったこと、内臓や手足の不自由な状態でなかったことなどで、あまり入院というイメージではなかった。何より同室の人たちや、医師・看護婦の方たちが良かったことを感謝したい。
 半月だが、少しお腹が引っ込んだように思う。そして退院して1週間で元に戻ってしまったように思う。


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