2002年7月23日
写真は優優さんが加工したものを使いました。
イメージステーションで「猿投7滝」をアルバムにしているのだが、1〜6しか撮影していなかったので、一番下流の7番目の滝を撮影しに行った。
猿投7滝は猿投川ではなく、広沢川にある。前回は上流川から天然記念物まで撮影していったのだが、今回は下流川から行こうと思った。ところが車載の道路地図を見ても、カーナビを見ても川沿いに道がない。地図によると上流川から途中までで道がとぎれている。しかし別の地図でちゃんと下流からさかのぼっていける道を見た記憶があったので、川沿いと思われるところに車を乗り入れていったら、たしかに道があった。ただし、ほんとに車1台分の幅しかない。それでも舗装したある。途中すれ違いのためにバックすること2回、相手がバックしてくれたのが1回。明らかに家があったと思われる場所が2カ所あった。ここも2005年愛知万博の会場となる瀬戸市の海上(かいしょ)と同じようにかつては人が住んでいたが、住民がいなくなってしまった場所なのだろう。広沢大滝を撮影する前に菊石(天然記念物球状花崗岩)をもう一度撮影しておこうと思って大滝よりも少し上流に車を止めた。
そこには鉄製の水車と廃屋があった。水車は川に対して直角に設置されていた。状況からして廃屋の裏側に水車に水を供給する水路があったはずである。確認したら、その通りだった。取水口は200mほど上流の橋のたもとと思われる。水車が川に対して90度に設置されているということは水車を経た水は、まっすぐ川に流れ込んだはずである。ということは、水車が使用されていた当時は道路の位置が違ったかもしれない。あるいは車道はここで終点だったのかもしれない。このような山の中に水車を作る目的は製材だっただろう。廃屋は製材所だったと思う。街から電気を引っ張ってこなくても、自前で発電して丸鋸を動かして製材していたのだろう。
今では使われていないこのようなところにある種の感慨を覚えた。